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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)6857号 判決

原告

株式会社森脇文庫

右代表者

森脇将光

右訴訟代理人

鳥越溥

被告

平本一方

右訴訟代理人

安達幸次郎

被告補助参加人

吹原産業株式会社

右代表者

吹原フミ子

右訴訟代理人

金田泉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき東京法務局品川出張所昭和三九年一一月二五日受付第二三九〇三号で仮登記のなされている所有権移転請求権について、真正な登記名義の回復を原因とする移転登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき東京法務局品川出張所昭和三九年一一月二五日受付第二三九〇四号で仮登記のなされている賃借権設定請求権について、真正な登記名義の回復を原因とする移転登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三九年一一月二五日、補助参加人及び吹原冷蔵株式会社(以下「吹原冷蔵」という。)との間で、補助参加人所有の別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)及びボウリング設備、食堂設備その他の動産並びに吹原冷蔵所有の冷蔵設備等を代金一六億円で買い受ける旨の売買契約を締結した。

2  右売買契約締結に際し、原告、被告、補助参加人は、本件不動産について次のとおりの合意をした。

(一) 補助参加人は、昭和四四年一一月二五日までの五年間に限り、本件不動産を原告から買い戻すことができる。

(二) 補助参加人が原告に対し本件不動産を買戻し特約付きで売却したことがわかると、対外信用上問題があるので、登記面では原告にかえて被告の名を権利者として表示する。

(三) 本来ならば原告に対する所有権移転登記手続を完了すべきところ、買戻し期間中は被告名義で所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定請求権仮登記を経由するにとどめる。

3  本件不動産について、被告のために、請求の趣旨1及び2記載の各仮登記(以下「本件各仮登記」という。)がなされている。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件不動産について真正な登記名義の回復を原因とする本件各仮登記の移転登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否(被告及び補助参加人)

請求の原因1及び2の事実は否認し、同3の事実は認める。

原告主張の頃、その主張する当事者間で締結された契約は、原告を貸主、補助参加人、吹原冷蔵及び吹原弘宣を借主とする一〇億円の消費貸借金の回収を目的とする担保権設定契約であつて、売買契約ではない。

三  被告の主張

原告の本訴請求は、所有権移転請求権と賃借権設定請求権の各仮登記について、真正な登記名義の回復を原因とする移転登記を求めるものである。しかしながら、所有権は、権利内容が単一であり、複数の権利が成立する余地はないのに対し、所有権移転請求権によつて保全される権利は各別に特有の内容をもち、同一の物件に別個複数の権利が成立するので、仮登記権利者が真実の権利者ではなく、本来その仮登記が無効であるにもかかわらず、真実の権利者への権利移転の付記登記を許し、真実の権利者に前の名義人と同順位の地位を認めることは、無効な仮登記に有効な仮登記と同一の効果を与えることに帰するものであるから、原告の求める真正な登記名義の回復を原因とする仮登記の移転登記は現在の登記法の許さないところである。

四  被告の主張に対する反論

所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定請求権仮登記については真正な登記名義の回復を原因とする移転登記は許されないとの見解は、誤りである。すなわち、

1  所有権移転登記については、不動産の形式上の権利者から実体上の権利者に登記名義をあらため、権利の実体と形式を合致させるための「真正な登記名義の回復」を原因とする所有権移転登記が慣行として行なわれている。

所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定請求権仮登記の移転登記についても、なんらかの事情で所有権移転請求権又は賃借権設定請求権の仮登記権利者の実体と形式が一致しない状態にあるとき、これを一致させる必要の生じることは所有権の場合と変わりがなく、所有権移転登記の場合と取扱いを異にしなければならない理由は全くない。

2  所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定仮登記について、なんらかの事情で仮登記名義人と真実の権利者が一致しない場合に該仮登記は無効であると解するのは、明らかに誤りである。ただし、仮登記そのものは仮登記義務者が自らのために承知のうえで設定したものであり、登記簿を閲覧するものは皆どのような内容の仮登記が経由されているかを知り得るものであつて、仮登記名義人が真実の権利者でないとしても、その不動産について後になんらかの権利を取得した後順位権利者を害することなどありえない。

本件においても、仮登記が無効であるからその移転登記も許されないとして、原告の担保権を喪失せしめ、徒らに後順位権利者に望外の利得を与えることは、どう考えてもおかしいといわざるをえない。

五  抗弁(被告及び補助参加人)

請求の原因1の売買契約は、原告と補助参加人が金融業者である原告のバック(金主)から融資を受けるため、バックにその契約書を見せる目的で締結したものであつて、本件不動産を売買する意思がないのにあるもののように仮装した通謀虚偽表示である。

六  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

原告の本訴請求は、原告は補助参加人からその所有する本件不動産を買い受けたものであるが、被告名義で所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定請求権仮登記がなされているとして、被告に対し、本件不動産について真正な登記名義の回復を原因とする右仮登記の移転登記手続を求めるものである。そこで、右のような登記請求が認められるかどうか検討する。

実体上の権利関係が登記簿上の記載と一致しない場合、実体上の権利者がその登記名義を回復するには、登記上の権利者に対しその不実の登記の抹消を求め、その上で真実の権利関係にそう登記を実現するのが本則であり、この方法は、登記は物権変動の過程をできるだけ忠実に反映すべきであるとの要請に適うものである。これに対し、真正な登記名義の回復を登記原因とする移転登記を求める方法は、所有権の場合に限つてみれば、物権変動の過程を忠実に反映するとはいえないけれども、第三者の利益を害するおそれがないばかりでなく、無効、取消、解除等を対抗し得ない善意の第三者がある場合等には登記を実体に合致させるためにかえつて便宜でもあるから、原則としてこれを認めてもさしつかえない。しかしながら、所有権移転請求権及び賃借権設定請求権の仮登記については、仮に真正な登記名義の回復を原因とする移転登記が認められるとした場合、その登記は、所有権移転登記の場合と異なり、付記登記によつてなされるから、実体関係の欠如により本来抹消されるべきであつた無効な仮登記の順位保全の効力が、そのまま有効なものとして維持されることになり右仮登記後に当該物件につき利害関係を有するに至つた者は右移転登記前に登記を経由しても、全て右移転登記を得た者に劣後することになり、本来無効な登記の抹消によつて得られるべき利益を害されることとなる。従つて、仮登記については、所有権移転の本登記の場合とは性質を異にし、不実登記の抹消という本来的方法に代えて真正な登記名義の回復を原因とする移転登記という便宜的方法を求めることは、許されないと解するのが相当である。

右によれば、原告の本訴請求は、その主張事実の存否について判断するまでもなく失当であるから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用(参加によつて生じた費用を含む)の負担について民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白石悦穂 裁判官窪田正彦、同倉田慎也は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官白石悦穂)

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